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一枚の明治写真から

一枚の写真を紹介します、この写真は東京・日本橋を撮影したものです。日本橋付近の過去の風景を保存するたいへん貴重な写真であると思います。年代としては電柱・馬車鉄道があるところから明治25年頃であると推測できます。

日本橋 明治20代 写真
明治25年頃の日本橋

たいへん興味深い点はまだ庶民の男性が髷を結た姿が写っているところです。女性の日本髪はこの後もしばらく続きますが男の髷は大正時代の初期には完全消滅しました。まだ舗装道路ではない点も注目点でしょうか、当時は二階建てという建築方法がまだ一般的でない中で日本橋付近は総二階建が常識的だったこともこれで判ります。

人の流れが銀座方向へ向けてる人が多い点も面白いですね、太陽の方角からすると午前中です、10時前頃だと思います。銀座へと商品を運ぶ姿でしょうか、和装とはいえ整った着こなしをしている、そのあたりが明治時代の粋でハイカラな風潮が人々にあった証拠です。

 江戸時代からの布石

送電設備がようやく整い始めた東京、しかしわずかここから30年前に江戸時代だったとは当時の庶民も想像がつかないほど変貌したのではないでしょうか。写真には民家が多く写っています、白壁の民家は漆喰で当時は豊かな家紋の家にしか存在しなかったといいます、それは江戸時代から続いている風潮で明治期にもそれほど漆喰にできる家は少なかったといいます。

この写真がそれを証明しているます、単に経済的に豊かである証明が漆喰造りではなく地位も関係していたと聞きます。漆喰にすると木造そのままよりも雨水に強くなるのです、つまり古く残すことができるのが漆喰です。お城がそれを証明していますね。

 様式が出来上がる

この写真から見えてくるもの、それは様式を大切にしている日本人の姿です。服装や乗り物、そして行動の有り方まですべて整っているのが判ると思います。江戸から伝わる家紋によるカーストの様な社会の中で屋号や職によってすべて様式が決定されていたと言えるのです。

江戸時代は共産主義社会、つまり江戸から東京市へ進化する過程で古い江戸様式を職業と屋号で体系化し、乱れる世を抑制するための日本人のひとつの工夫が様式化の時代だと思います。

法律は法が定着してはじめて意味がある、書籍・電球・情報などが今ほど情報を支える文明機器が存在しなかった時代、法という情報は様式によって支えられていた。そう写真が伝えています。



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